語尾砂漠
お砂のブログ

日常を呟いたり絵を上げたりします

No.350

日本書紀のまんが
推しカプへの興味のおかげで、ずっと挫折し続けてた日本書紀まんがを読了できました。神社検定の教本のやつです。達成感!
感想ととりとめない妄想を折り畳みです。

古事記と日本書紀の違い、「なんか同じこと書いてありつつ、ちょっと違うんよね?」くらいの知識だったんですけど、古事記は「むかしむかしあるところに…」の物語調(全3巻)、日本書紀はお堅い日本国公式歴史書(全30巻)。
作者もこちらは国家プロジェクトチームによるもの。「日本書紀制作委員会」みたいな感じか。
一部古事記と作家さん重複するそうですが。はー。そうかそうか。

神道寄りだから仏教勢力をちょっと悪く書きがち、聖徳太子もなんか地味な描かれ方をしてる。
日本書紀完成前に、国の歴史をまとめてあった本が、蘇我氏が自害するときにいっしょに燃えちゃったので新しく作った…からか、書いた人の蘇我親子への特別な恨みを感じるような。あんな大事なものをよくも…的な。

「撃ちてしやまむ」って戦争中のスローガンとかでよくお見掛けするフレーズだけれど、これは神武天皇(初代天皇)が神武東征するのときの、ナガスネヒコ戦のセルフBGM(お歌)から来ていたのだなとか。
わりと女性天皇多いんだな、日本書紀に書かれてる時代は、とか。
スッサーの草薙の剣を受け継いだ、女装エピソードが輝いてるヤマトタケルさん。やることなすことパーフェクトなイケイケドンドン伝説が、奥さまを亡くしたとたん急に死に場所を探してさまようかのごとく、生きる気力がなくなって、最後はほとんど自殺では…みたいな終わり方をするので、草薙の剣の使い手は、奥さまめちゃくちゃ大事にするのかもしれないなあ…奥さまの存在と愛が自分の逸話の芯の部分にしっかり食い込んでて、なくしてしまうともうダメになっちゃうのか~…とエモみを感じていたり。

まんが版には登場しなかったのだけど、日本書紀の国譲り編のラスボス・天津甕星という悪神がいて、強すぎて倒せなかったからタケハヅチさん(※スサノオとも)が岩に封印した…といういわれの岩が名古屋の神社にあって。
日本書紀のラスボスくらいやんごとなき神様なら、いつか続編で出てきてくれる日が来るのかもしれないなあ、とそっと思いをはせています。
天津甕星は「輝く金星」の別名を持つ、流星・星の神様で、星…ショウとも読む…輝く金星…黄色いボディの天翔丸ちゃんに乗るパツキンボブ…ショウさんでは?
でも実際にショウさんがもし何かいろいろありすぎて本編でみんなが倒すべきラスボスとして出てきたら、たぶん悲しすぎてむせび泣くし立ち直れないので、何卒夢でとどめおかれますよう。
昼なおまばゆくお空で輝く金星を、「太陽に服従しない悪神」と呼ぶのが、なんだかロマンがあってよきですね。

あとスッサーのお生まれ。
ショウさんがもし自分のお生まれを、ブロック人間だから神様にはふさわしくない…とか卑下していたとしても、「お父さんがお風呂でお鼻をチーンした時に出てきた」みたいな誕生のエピソード、聞いたらどんな顔するんかなあ。
空気を読まない忖度しない、小学生のワタルくんなら、「それって鼻くそじゃない?」てくもりなき目で言って神様を泣かせるのかもしれないなあ。やめてあげて。
禊のときに生まれたのだから、お父さんと、(黄泉の)死んだお母さんの穢れから生まれた子供たちということになるのかな。
スッサーがクシナダさんにおそらく一目惚れしたのも、やっぱりお名前が櫛=「苦死」に通じて、分け身の姉たち全員亡くし、今から食われて自分も死のうとしているクシナダさんのまとう死の気配に、亡きお母さんみを感じたのではないかなあ。

一回ではとても覚えきれないので、「何回でも読んでね」と書いてある通り、またちょこちょこめくってみましょ。一回通しで読むと、とっつきにくさが消えてくれた気も。
知らないことばかりの人間ですが、せっかくの推しカプがくれたご縁なので、大事に楽しくいろんなこと学んでゆきたいです。
畳む


#雑記